戦争という極限状況の中で、知識人としての理性と正気を保ち続けた「賢人」たちがここ日本に確かに存在した。『[復刻版]中等歴史 東亜及び世界篇〈東洋史・西洋史〉』発売

本書は戦時下である昭和十九年五月に発刊された三巻構成の国定教科書『中等歴史』の第一巻をもとに復刊したものである。
本書の「序説」を読む限り、本書は、大東亜戦争下という状況が生み出した「皇国による東亜の解放と世界の平和建設」という歴史観に基づいて編纂された国定教科書としか思えないだろう。
ところが、本書本文に触れてみれば、読者はその文体も思想も、序説で求められている姿勢とは無縁、というより正反対の、東洋・西洋両史における、現代でも通用する公正で学問的な記述に満ちていることがわかる。そして、特に東洋史の部分を読んでいて想起するのは、宮崎市定氏の名著『アジア史概説』(中公文庫)である。私はこの二冊に、戦争という極限状況の中で、知識人としての理性と正気を保ち続けた「賢人」たちがここ日本に確かに存在したことのあかしと、知識人という存在の本質的な意義を見る思いがする。

本書の特徴は、「アジア史観」というべき視点が打ち出されていることである。実は「東洋史」という概念は、明治維新以後の日本で確立されたものだ。しかし、「東洋史」として、西洋史とは異なる地域の歴史をひとくくりに教科としてまとめるならば、そこにはアジア全域が含まれるべきであるのだが、実際に扱われていたのはほとんど中国を中心とする東アジアだけであり、南アジア、西アジア史は軽視されがちだった。しかし、本書は西欧史に対峙し、全アジアの歴史を東洋史として扱おうとする姿勢が明示されている。
後半の西洋史編も、いくつかの表現を変え、この時点では明らかではなかった事実や解釈を多少変更すれば、このまま現代の学校でも何ら問題なく使えるのではないか。

『中等歴史』は次の言葉で閉じられている。

欧米人の東亜に対する研究もまた、軽視することはできない。世界政策の実施に伴ない、かれらは、アジアの歴史や現状に対して絶大な関心をもち、その偉大な古代文化や現代の国情、特に資源に着目して、精密な調査・研究を進めた。われらは、深く欧米人の東亜研究の意図を警戒しなければならないのである。

この最後の文章は、欧米列強が優れた科学技術を持ち、アジアの資源を狙っていることへの警戒として書かれたものであるが、さらに言えば、欧米のアジア文化や歴史への関心は、これまでの暴力的な植民地化だけではなく、アジアの文化、歴史伝統を研究した上での、より巧みな支配体制を作り出すことを目指しているのではないかと警告しているのだ。大東亜戦争後の我が国が、その占領政策においてどのような精神的解体を強いられたかを思い起こすとき、この文章は不吉な予言のようにも響く。

『中等歴史』は、今こそ読み返されるべき本である。
戦時中、我が国の知識人も文部官僚も、理性と歴史への公正さを保っていた証拠として。また、大東亜戦争という状況下、おそらく日本の歴史教育の中で、「アジア史」という視点が最も広く認識された記録として。この二つの点は、現在の歴史教育においても生かされるべき点ではあるまいか。

そして最後に、大日本帝国の近代化の一つの達成、つまり戦時下であるにもかかわらず「敵国」である欧米の近代的価値観のプラス面には、敬意を払い、評価していたこと、差別主義や人種論に陥らなかった良識をも示す貴重な資料といえるだろう。

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書名:[復刻版]中等歴史 東亜及び世界篇〈東洋史・西洋史〉
著者:文部省
仕様:A5並製・232ページ
ISBN:978-4802401333
発売:2022.01.31
本体:1700円(税別)
発行:ハート出版
商品URL:http://www.810.co.jp/hon/ISBN978-4-8024-0133-3.html